この記事でわかるようになること
- 連立 1 次方程式 $A\boldsymbol{x}=\boldsymbol{b}$ の解の有無を、$\mathrm{rank}(A)$ と $\mathrm{rank}([A \mid \boldsymbol{b}])$ の比較だけで判定できる(定理 2.3.1)
- 解があるとき、自由パラメータの個数が $n - \mathrm{rank}(A)$ 個で決まることを言える
- 解が 唯一 であるための必要十分条件を、階数と未知数の個数の言葉で書き下せる(定理 2.3.2)
- 三通りの場合分け(解なし / 解唯一 / 無限解)を、拡大係数行列の簡約化を経由して具体例で実演できる
- パラメータ表示された解を、特解 $+$ 方向ベクトルの線型結合 という構造に書き換えられる
前提知識
- 2.2.2「簡約化と階数」(階数の定義、定理 2.2.1 の存在・一意性)
- 2.1「連立 1 次方程式の基本変形」(行基本変形と解集合の不変性)
- 1.4.2「線型結合の視点」(列ベクトルの線型結合という見方)
現在地
- 第2章「連立1次方程式」(全10章中)
- 2.1 基本変形
- 2.2 簡約な行列
- 2.3 連立1次方程式を解く(全2記事)
- 2.3.1 解の有無と一意性 ← いまここ
- 2.3.2 同次方程式と過小決定系
- 2.4 正則行列
問い
2.2 まで、私たちは「行列の側」の話だけをしてきた。簡約な行列を定義し、任意の行列を行基本変形で簡約化できることを示し、そこから階数 $\mathrm{rank}(A)$ という量を取り出した。
ここで第 2 章の出発点に立ち戻ろう。私たちが本当に解きたかったのは、連立 1 次方程式 $A\boldsymbol{x} = \boldsymbol{b}$ である。階数という量は、この問題に対していったい何を教えてくれるのか。
具体的に問うべきことは三つ。
- 連立 1 次方程式に 解はあるのか、ないのか?何を見れば判定できる?
- 解があったとして、それは 唯一 なのか、それとも 自由度 を持つのか?
- どちらの問いも、簡単な計算 だけで決着がつくのか?
本記事は、これらの問いに対する答えがすべて「$\mathrm{rank}(A)$、$\mathrm{rank}([A \mid \boldsymbol{b}])$、未知数の個数 $n$ — この三つの数を比べるだけで決まる」という、目を見張るほど切れ味の鋭い結論にたどり着く。
拡大係数行列の階数が、まず何を測れるのか
連立 1 次方程式 $A\boldsymbol{x} = \boldsymbol{b}$ に対して、$A$ を $m \times n$ 行列(方程式の本数 $m$、未知数の個数 $n$)とする。これに対応する 拡大係数行列 は
$$
[A \mid \boldsymbol{b}]
$$
という $m \times (n+1)$ 行列だった(1.4.1)。$A$ に右から $\boldsymbol{b}$ を 1 列足したもの — それが拡大係数行列である。
拡大係数行列に行基本変形を施しても、対応する連立方程式の 解集合は変わらない(2.1)。だから私たちは安心して $[A \mid \boldsymbol{b}]$ を簡約化し、その姿から解の運命を読み取ってよい。
ここで素朴な観察を一つ。
観察:$[A \mid \boldsymbol{b}]$ は $A$ にちょうど 1 列を加えただけの行列だから、その階数は $A$ の階数に対して 高々 1 だけ大きい。すなわち
$$
\mathrm{rank}(A) \;\le\; \mathrm{rank}([A \mid \boldsymbol{b}]) \;\le\; \mathrm{rank}(A) + 1
$$
理由は素直である。$[A \mid \boldsymbol{b}]$ を簡約化したとき、その左側 $n$ 列だけを見れば $A$ の簡約化が現れる(行基本変形は 列同士を混ぜない から、$[A \mid \boldsymbol{b}]$ に施した操作を左側 $n$ 列に限って眺めれば、それは $A$ に同じ操作を施したのと等価)。よって $A$ の主成分はそのまま $[A \mid \boldsymbol{b}]$ の主成分として残る。これで $\mathrm{rank}(A) \le \mathrm{rank}([A \mid \boldsymbol{b}])$。一方、新たに増えうる主成分は 最右列(第 $n+1$ 列)に立つもの だけ。簡約な行列の同じ列に主成分が二つ並ぶことはないから、増えても 1 個まで。これで $\mathrm{rank}([A \mid \boldsymbol{b}]) \le \mathrm{rank}(A) + 1$。
つまり起こりうるシナリオは 二つしかない。
- シナリオ A:$\mathrm{rank}([A \mid \boldsymbol{b}]) = \mathrm{rank}(A) + 1$ — 最右列に新しい主成分が立つ
- シナリオ B:$\mathrm{rank}([A \mid \boldsymbol{b}]) = \mathrm{rank}(A)$ — 最右列には主成分が立たない
この二つのシナリオが、そのまま「解なし」と「解あり」の境目に対応する。
シナリオ A — 解なし
最右列に新たな主成分が立つというのは、簡約化のどこかにこんな形の行が現れるということ。
$$
\begin{bmatrix} 0 & 0 & \cdots & 0 & \mid & 1 \end{bmatrix}
$$
(主成分は $1$ に揃えるのが簡約な行列の条件 (II) だった。)
この行に対応する方程式は
$$
0 \cdot x_1 + 0 \cdot x_2 + \cdots + 0 \cdot x_n = 1
$$
である。左辺は $x_1, \ldots, x_n$ にどんな値を代入しても $0$ にしかならない。それが右辺の $1$ に等しくなることはない。この方程式を満たす $\boldsymbol{x}$ は存在しない。
行基本変形は解集合を保つから、もとの $A\boldsymbol{x} = \boldsymbol{b}$ にも解はない。
これで一つ、結論が出た。
定理 2.3.1:$n$ 変数の連立 1 次方程式 $A\boldsymbol{x} = \boldsymbol{b}$ が解をもつ必要十分条件は、
$$
\mathrm{rank}(A) = \mathrm{rank}([A \mid \boldsymbol{b}])
$$
「必要」の側はいま見たとおり($\mathrm{rank}([A \mid \boldsymbol{b}]) = \mathrm{rank}(A) + 1$ なら矛盾する方程式が現れる)。「十分」の側は、次節「シナリオ B」で実際に解を構成して示す。
例題:解なしの実演
具体的な行列で確かめよう。
$$
A = \begin{bmatrix} 1 & 2 & -1 \\\\ 2 & 5 & -1 \\\\ 1 & 3 & 0 \end{bmatrix}, \quad \boldsymbol{b} = \begin{bmatrix} 1 \\\\ 4 \\\\ 5 \end{bmatrix}
$$
拡大係数行列を簡約化する。
$$
[A \mid \boldsymbol{b}] = \begin{bmatrix} 1 & 2 & -1 & \mid & 1 \\\\ 2 & 5 & -1 & \mid & 4 \\\\ 1 & 3 & 0 & \mid & 5 \end{bmatrix}
$$
第 2 行に第 1 行の $-2$ 倍を、第 3 行に第 1 行の $-1$ 倍を加える。
$$
\;\longrightarrow\; \begin{bmatrix} 1 & 2 & -1 & \mid & 1 \\\\ 0 & 1 & 1 & \mid & 2 \\\\ 0 & 1 & 1 & \mid & 4 \end{bmatrix}
$$
第 3 行から第 2 行を引く。
$$
\;\longrightarrow\; \begin{bmatrix} 1 & 2 & -1 & \mid & 1 \\\\ 0 & 1 & 1 & \mid & 2 \\\\ 0 & 0 & 0 & \mid & 2 \end{bmatrix}
$$
ここで第 3 行が告げているのは
$$
0 \cdot x_1 + 0 \cdot x_2 + 0 \cdot x_3 = 2
$$
という、いかなる $x_1, x_2, x_3$ をもってしても満たせない式である。
簡約化を最後まで進めれば、この $2$ は $1$ に正規化されて第 4 列の主成分となるが、解の有無の判定はここで既についている。$\mathrm{rank}(A) = 2$、$\mathrm{rank}([A \mid \boldsymbol{b}]) = 3$ で、両者が一致しないから 解なし。
観察:この例のように、矛盾する行が見つかった時点で「解なし」は確定する。簡約な行列まで完全に持っていく必要はない。
シナリオ B — 解はある、では何個か?
階数が一致するとき — $\mathrm{rank}(A) = \mathrm{rank}([A \mid \boldsymbol{b}]) = r$ とおこう — 拡大係数行列の簡約化は、最右列に主成分をもたない。すなわち、すべての主成分が左側 $n$ 列のうちのどこかに収まっている。
主成分のある列に対応する変数たちと、ない列に対応する変数たちで、ふるまいが分かれる。
- 主成分のある列に対応する変数(以下「主変数」と呼ぶ):その方程式の左辺の先頭で $1$ という係数を独占している
- 主成分のない列に対応する変数(以下「自由変数」と呼ぶ):どの方程式の主成分にもなっていないので、値を任意に決めてよい
自由変数の値を任意に決めてしまえば、各方程式は「主変数 $=$(右辺)$-$(自由変数の式)」という形で主変数の値を一意に与える。
主変数の個数は $r$ 個、自由変数の個数は $n - r$ 個。これで 解は存在し、しかも 自由度は $n - r$ である。
例題:自由度ありの実演
具体例を見よう($3$ 本の方程式に未知数 $5$ 個の系である)。
$$
A = \begin{bmatrix} 1 & 1 & 3 & 0 & 1 \\\\ 0 & 1 & 1 & 1 & 0 \\\\ 1 & 1 & 3 & 1 & -1 \end{bmatrix}, \quad \boldsymbol{b} = \begin{bmatrix} 4 \\\\ 6 \\\\ 9 \end{bmatrix}
$$
拡大係数行列を簡約化する。
$$
[A \mid \boldsymbol{b}] = \begin{bmatrix} 1 & 1 & 3 & 0 & 1 & \mid & 4 \\\\ 0 & 1 & 1 & 1 & 0 & \mid & 6 \\\\ 1 & 1 & 3 & 1 & -1 & \mid & 9 \end{bmatrix}
$$
第 3 行に第 1 行の $-1$ 倍を加えて、第 1 列を整える。
$$
\;\longrightarrow\; \begin{bmatrix} 1 & 1 & 3 & 0 & 1 & \mid & 4 \\\\ 0 & 1 & 1 & 1 & 0 & \mid & 6 \\\\ 0 & 0 & 0 & 1 & -2 & \mid & 5 \end{bmatrix}
$$
第 1 行に第 2 行の $-1$ 倍を加えて、第 2 列を整える。
$$
\;\longrightarrow\; \begin{bmatrix} 1 & 0 & 2 & -1 & 1 & \mid & -2 \\\\ 0 & 1 & 1 & 1 & 0 & \mid & 6 \\\\ 0 & 0 & 0 & 1 & -2 & \mid & 5 \end{bmatrix}
$$
第 1 行に第 3 行を加え、さらに第 2 行に第 3 行の $-1$ 倍を加えて、第 4 列を整える。
$$
\;\longrightarrow\; \begin{bmatrix} 1 & 0 & 2 & 0 & -1 & \mid & 3 \\\\ 0 & 1 & 1 & 0 & 2 & \mid & 1 \\\\ 0 & 0 & 0 & 1 & -2 & \mid & 5 \end{bmatrix}
$$
これで簡約化は完了。最右列には主成分がないから、$\mathrm{rank}(A) = \mathrm{rank}([A \mid \boldsymbol{b}]) = 3$ で、解は存在する。未知数の個数は $n = 5$ なので、自由度は $5 - 3 = 2$ になるはず。確かめよう。
主成分のある列は 第 1 列、第 2 列、第 4 列 で、これに対応する変数 $x_1, x_2, x_4$ が主変数となる。
残る変数 $x_3, x_5$ が自由変数で、値を任意に決めてよい。
簡約化の各行に対応する方程式を読むと
$$
\begin{cases} x_1 + 2 x_3 - x_5 = 3 \\\\ x_2 + x_3 + 2 x_5 = 1 \\\\ x_4 - 2 x_5 = 5 \end{cases}
$$
主変数について解けば
$$
\begin{cases} x_1 = 3 - 2 x_3 + x_5 \\\\ x_2 = 1 - x_3 - 2 x_5 \\\\ x_4 = 5 + 2 x_5 \end{cases}
$$
自由変数を $x_3 = c_1,\ x_5 = c_2$ とパラメータ表示すれば
$$
\boldsymbol{x} = \begin{bmatrix} x_1 \\\\ x_2 \\\\ x_3 \\\\ x_4 \\\\ x_5 \end{bmatrix} = \begin{bmatrix} 3 - 2 c_1 + c_2 \\\\ 1 - c_1 - 2 c_2 \\\\ c_1 \\\\ 5 + 2 c_2 \\\\ c_2 \end{bmatrix} \quad (c_1, c_2 \in \mathbb{R})
$$
これが解のすべて。$c_1, c_2$ を実数全体にわたって動かしたとき、上の右辺がたどる集合がそのまま解集合である。
解を「特解 + 方向ベクトルの線型結合」で読む
上の解は、もう一段読みやすい姿に書き換えられる。$c_1, c_2$ で展開して、定数項とパラメータごとの項に分けると
$$
\boldsymbol{x} = \begin{bmatrix} 3 \\\\ 1 \\\\ 0 \\\\ 5 \\\\ 0 \end{bmatrix} + c_1 \begin{bmatrix} -2 \\\\ -1 \\\\ 1 \\\\ 0 \\\\ 0 \end{bmatrix} + c_2 \begin{bmatrix} 1 \\\\ -2 \\\\ 0 \\\\ 2 \\\\ 1 \end{bmatrix} \quad (c_1, c_2 \in \mathbb{R})
$$
となる。これは「特解 $+$ 方向ベクトルの線型結合」という構造を持っている。
第 1 項は、パラメータをすべて $0$ にしたときに得られる、$A\boldsymbol{x} = \boldsymbol{b}$ の代表的な解の一つ。これを 特解 と呼ぶ。
第 2、3 項は、$c_1, c_2$ を動かすと「解と解のあいだ」を移動する方向を与える。これらの方向ベクトルそのものは、後で見るとおり 同次方程式 $A\boldsymbol{x} = \boldsymbol{0}$ の解 になっている(次回 2.3.2 で扱う)。
直観的には、解集合は「ある一点を通り、いくつかの方向に広がる平らな広がり」のような姿をしている。$n - \mathrm{rank}(A)$ 本の方向ベクトルが「広がり」を張っている、というかたちである。
補足:アフィン部分空間とは:本記事の本論には必要ないが、線型代数を読み進めるとよく出会う言葉なので、ここで通しておく。
ベクトル空間内で、原点 $\boldsymbol{0}$ を通る「平らな広がり」(和とスカラー倍について閉じたもの)を 部分空間 という。直線・平面などが具体例。これに対して アフィン部分空間 とは、部分空間をまるごと平行移動して、原点ではない別の点を起点に据え直したものを指す。原点を含むかどうかが両者の分かれ目で、原点を含むアフィン部分空間が部分空間そのもの(平行移動量が $\boldsymbol{0}$)になる。
上の解集合は、まさに アフィン部分空間 の典型例。「特解という起点 $+$ 方向ベクトルが張る広がり」という姿が、それに当たる。正式な定義は第 4 章「ベクトル空間」で扱う。
解は何個ある? — 一意性の判定
シナリオ B では、自由変数の個数 $n - r$ が解の自由度を与えた。だから
- $n - r > 0$ なら、自由パラメータがあって 解は無限個
- $n - r = 0$、すなわち $r = n$ なら、自由パラメータがなくて 解はちょうど 1 個
これと定理 2.3.1 を組み合わせれば、一意性の必要十分条件が得られる。
定理 2.3.2:$n$ 変数の連立 1 次方程式 $A\boldsymbol{x} = \boldsymbol{b}$ が解を 唯一 もつ必要十分条件は、
$$
\mathrm{rank}(A) = \mathrm{rank}([A \mid \boldsymbol{b}]) = n
$$
三通りの運命に整理する
これで第 2 章の最初の山頂が見える。連立 1 次方程式 $A\boldsymbol{x} = \boldsymbol{b}$ の解の運命は、$\mathrm{rank}(A)$、$\mathrm{rank}([A \mid \boldsymbol{b}])$、$n$ の三つの整数の比較だけで、次の三通りに完全に分かれる。
| 場合 |
階数の関係 |
解の様相 |
| (i) |
$\mathrm{rank}(A) \neq \mathrm{rank}([A \mid \boldsymbol{b}])$ |
解なし |
| (ii) |
$\mathrm{rank}(A) = \mathrm{rank}([A \mid \boldsymbol{b}]) = n$ |
解はちょうど 1 個 |
| (iii) |
$\mathrm{rank}(A) = \mathrm{rank}([A \mid \boldsymbol{b}]) < n$ |
無限個の解(自由度 $n - \mathrm{rank}(A)$) |
第 2 章の前半でひたすら準備してきた「行基本変形」「簡約化」「階数」という装置は、すべてこの一覧表のためにあったと言ってよい。係数を眺めるだけでは見えない解の運命が、たった三つの整数の比較から決まる — これが線型代数の最初のクライマックスである。
観察:基本不等式 $\mathrm{rank}(A) \le \min(m, n)$(2.2.2 の定理 2.2.2)を思い出すと、$\mathrm{rank}(A) = n$ が成立するためには $m \ge n$(方程式の本数が未知数の個数以上)が必要だとわかる。直観に合う:未知数より少ない方程式では、未知数を縛り切れない。
特に $m < n$(方程式が足りない、いわゆる過小決定系)では、解があれば必ず無限個ある。これを「過小決定系の宿命」として、次回 2.3.2 で同次形 $A\boldsymbol{x} = \boldsymbol{0}$ の文脈で深掘りする。
一段引いて — 階数は何の量だったのか
ここで一度立ち止まる。本記事の例題で、簡約化された拡大係数行列をじっと眺めてみると、そこには 三種類の情報 が同時に詰まっていた。
- 解の有無の判定($\mathrm{rank}$ どうしの比較)
- 解の自由度($n - \mathrm{rank}(A)$)
- 具体解そのもの(主変数を自由変数で表したパラメータ表示、さらにその特解 $+$ 方向ベクトル展開)
「階数を見出すことに、どういう意味があるのか?」 — まずは目に見える層から答えよう。同じ簡約化が、判定・自由度・具体解の三つを同時に手渡している。階数を読み取ることと、解そのものを構成することは、別作業ではなく、同じ一つの計算の別の側面 に過ぎない。
それより、もう一段奥がある。階数 $\mathrm{rank}(A)$、自由度 $n - \mathrm{rank}(A)$、そして方向ベクトル — これらはどれも 行列 $A$ そのものに内在する性質 であって、簡約化という計算の副産物ではない。簡約化のやり方は無数にあるが、そのどれを選んでも同じ値・同じ姿に着地する(2.2.2 の定理 2.2.1 の一意性が、これを保証していた)。$\boldsymbol{b}$ に依存して変わるのは 特解 だけで、それも「解集合という平らな広がりを、空間のどこに置くか」を決めているに過ぎない。
掃き出し法は、計算の道具に見えて、その実 $A$ にもとから備わっている量を目に見える座標で表に出す観察手段である。「$\mathrm{rank}(A)$ は掃き出し法を一回やってみないとわからないもの」という短絡的な見方は、本当は逆 — $\mathrm{rank}(A)$ は $A$ から最初から決まっていて、掃き出し法はそれを視認可能にする道具にすぎない。
直観(将来の伏線):$A$ は単なる数の長方形ではなく、$\boldsymbol{x} \mapsto A\boldsymbol{x}$ という 線型写像 を定めている(その気配は 1.4 の段階で既に見えていた)。第 4 章「ベクトル空間」と第 5 章「線型写像」では、本記事で扱った $\mathrm{rank}(A)$ と自由度 $n - \mathrm{rank}(A)$ が、それぞれ写像の 像 と 核 の「大きさ」(次元)として再登場し、両者は
$$
\dim \mathrm{Im}(A) + \dim \ker(A) = n
$$
という一行(次元定理、または 階数・退化次数定理)に結ばれることになる。本記事で書いた「$\mathrm{rank}(A) + (\text{自由度}) = n$」は、その線型写像の言葉になる前の、行列のかたちでの先取りである。
まとめ
- $A\boldsymbol{x} = \boldsymbol{b}$ の 解の有無と自由度 は、$\mathrm{rank}(A)$ と $\mathrm{rank}([A \mid \boldsymbol{b}])$ と未知数の個数 $n$ の比較だけで決まる
- 定理 2.3.1:解をもつ ⟺ $\mathrm{rank}(A) = \mathrm{rank}([A \mid \boldsymbol{b}])$
- 定理 2.3.2:解が唯一 ⟺ $\mathrm{rank}(A) = \mathrm{rank}([A \mid \boldsymbol{b}]) = n$
- 解の運命は 三通り — 解なし / 解唯一 / 無限解(自由度 $n - r$)
- 解集合は、特解 $+$ 方向ベクトルの線型結合という アフィン構造 をもつ
行列を $m \times n$ の数の長方形として手にとり、行基本変形で整え、簡約化から階数を読み、それを $n$ と比べる — この一連の流れが、連立方程式の解の姿を完全に決定する。視点の高さがいきなり一段上がったのが、お分かりだろうか。
次回予告
次回 2.3.2「同次形と過小決定系」(仮題)では、定数項が $\boldsymbol{0}$ である特別な連立方程式
$$
A\boldsymbol{x} = \boldsymbol{0}
$$
を扱う。この 同次形 には常に「自明な解」$\boldsymbol{x} = \boldsymbol{0}$ が含まれるので、解の有無は問題ではない。問うべきは「自明でない解 はあるか」である。
そしてこの記事の末尾で予告した 過小決定系($m < n$、すなわち方程式の本数が未知数の個数より少ないとき)に焦点を当て、
$$
m < n \;\Longrightarrow\; A\boldsymbol{x} = \boldsymbol{0} \text{ には自明でない解が必ずある}
$$
という強烈な事実(定理 2.3.3)を確かめる。鳩ノ巣的な「未知数が多すぎれば縛り切れない」という直観の、最初の正式な定式化である。
未回収の問い
- 解集合が「特解 $+$ 線型結合」で書けるのはなぜか?この アフィン構造 は同次形の解集合とどう関係するのか?(次回 2.3.2 で部分的に回収)
- 「自由変数」と「主変数」の役割分担は、本質的なものなのか、それとも変数の番号付けに依存するのか?(主成分の 位置 は階数の議論で一意に決まるが、変数そのものの解釈は番号付けに依る。第 4 章「ベクトル空間」での座標の議論で再訪)
- 階数 $\mathrm{rank}(A) = n$ という条件は、特に $A$ が 正方行列($m = n$)のとき何を意味するのか?(節を改めた 2.4「正則行列」のテーマ)
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